特に何もなかった日の記録

朝、目覚ましが鳴る少し前に目が覚めた。まだカーテンの向こうは薄暗くて、外を走る車の音も少ない。布団の中であと五分だけと思いながら天井を見ていたけれど、結局そのまま十分くらいぼんやりしてしまった。冷蔵庫のモーター音だけが静かに聞こえていて、部屋の空気は少し冷たい。昨夜、窓を少し開けっぱなしにしていたことを思い出した。

キッチンに行って、適当にコーヒーを淹れる。豆はもう残り少なくて、袋の底からぱらぱらと落ちる音がした。お湯を注ぐと、眠っていた部屋が少しだけ喫茶店みたいな匂いになる。その匂いだけで、なんとなく今日は悪くない気がした。マグカップを持って窓際に座ると、向かいのマンションのベランダに洗濯物が揺れているのが見えた。まだ朝早いのに、誰かはもうちゃんと生活を始めている。

スマホを見ると、特に大事な通知は来ていなかった。通販のセールのお知らせと、天気アプリの「今日は過ごしやすい気温です」という文章だけが並んでいる。過ごしやすいと言われても、別に特別うれしくはない。でも雨よりはいいかと思った。

昼前にスーパーへ行く。特に買いたいものがあったわけではないのに、気づけばカゴの中にヨーグルトやら袋麺やら、予定になかったものが増えていく。レジの前で、小さな子どもがお菓子を握ったまま床に座り込んでいた。母親は困った顔をしていたけれど、店員は慣れた様子でバーコードを読み続けている。その横で、誰かのスマホから短い動画の音楽が漏れていた。

外に出ると、空は思ったより青かった。近所の公園では、小学生くらいの子どもたちがボールを追いかけていて、その横のベンチでは年配の男性が缶コーヒーを飲みながら鳩を見ている。特に意味のない風景なのに、なぜか少し長く眺めてしまった。毎日同じような景色を見ているはずなのに、ある日急に「こんな場所だったんだな」と思う瞬間がある。

午後は特にやることもなく、動画を流しながら机の上を片付けた。どこから出てきたのかわからないレシートや、使わないケーブルや、インクの出ないペンが少しずつ積み重なっている。捨てればいいのに、「あとで使うかもしれない」という理由だけで残されているものが意外と多い。人の部屋は、その人の判断保留の集まりなのかもしれないと思った。

夕方になると、急にお腹が空いてきたので適当に炒飯を作る。冷蔵庫に半端に残っていたネギと卵を使って、味付けは少し濃くなった。フライパンを振る音が静かな部屋に響く。料理動画みたいには上手くいかないけれど、自分で作ったものは、それだけで多少おいしく感じる。

夜、コンビニまで散歩した。昼間より少し風が強くて、自転車置き場のプラスチック看板がカタカタ鳴っている。コンビニの入り口では、学生らしい二人組がアイスを食べながら何か笑っていた。店内に入ると、温かい空気と揚げ物の匂いが混ざっていて、妙に安心する。結局、買ったのはペットボトルのお茶だけだった。

帰宅して、なんとなくテレビをつける。内容はほとんど頭に入ってこない。画面の向こうでは誰かが大笑いしていて、別の誰かが難しい顔で天気予報を説明している。その間に、時計の針だけが静かに進んでいく。

一日を振り返るほどの出来事は特になかった。でも、そういう日のほうが、後から思い出すと案外ちゃんと生活していた気がする。何も起きなかった日にも、コーヒーの匂いや夕方の空の色や、コンビニの自動ドアの音みたいな、小さな記憶だけは残っていく。