午後三時の消しゴムと曇った自販機

午後三時になると、商店街の端にある古い文房具屋の前を、なぜか同じ速度で歩く人が増える。急いでいるわけでもなく、散歩というほどゆったりしているわけでもない、中途半端な歩幅だ。店先には日に焼けたノートや、何年も売れていなさそうな方眼紙が並んでいて、その横に、少し黄ばんだ消しゴムが透明ケースに入っている。誰が買うのか分からないが、なくなることも補充されることもない。

その向かいには自動販売機がある。曇ったガラスの向こうに並ぶ缶コーヒーは、季節に関係なく「つめたい」と「あたたかい」が半々くらいで並んでいて、選ぶ人はいつも少し迷っているように見える。ある日、誰かが「あたたかいお茶」を押したのに、なぜか炭酸水が出てきたという話を聞いたが、本当かどうかは知らない。そういう曖昧な噂が、その自販機には妙に似合っている。

店の前には青いベンチがひとつある。ペンキは剥げていて、座ると少しだけきしむ。そこに午後になると、帽子を深くかぶった老人が座り、紙袋からせんべいを出して食べる。食べるたびに小さな音がして、近くの鳩が一歩ずつ寄ってくる。老人は鳩にせんべいをやるわけでも追い払うわけでもなく、ただ存在を認めているような顔をしている。

文房具屋の店主は、いつもラジオをつけているが、音量が小さすぎて何を言っているか分からない。ニュースなのか落語なのか天気予報なのか判別できない。それでも聞いているらしく、ときどき「なるほど」と言う。何に対しての「なるほど」なのかは、誰にも分からない。

ある雨の日、店先に並んだ鉛筆が一本だけ転がって側溝に落ちた。誰も気にしなかったが、翌日その鉛筆は元の場所に戻っていた。店主が拾ったのか、雨が押し戻したのか、近所の子どもがいたずらで戻したのか、不明のままだ。そういう説明しなくてもいい出来事が、この辺りにはわりと多い。

商店街を抜けると、小さな空き地があり、昔はそこに駄菓子屋があったらしい。今は雑草と、用途不明のコンクリートの台だけが残っている。その上にときどき猫が寝ている。猫は茶色にも灰色にも見える微妙な色で、見る時間によって別の猫みたいに見える。近所では「たぶん同じ猫」と呼ばれている。

風が強い日は、文房具屋の吊り下げ看板が揺れて、キイキイ鳴る。その音を聞くと、なぜかカレーを思い出す人がいるらしい。理由は誰も説明できない。世の中には、そういう意味のない連想が意外と多い。

午後三時を過ぎると、西日が自販機に当たって缶の列が少しだけ金色に見える。老人は帰り、鳩も散り、店主は店の奥で何かを整理する。消しゴムは相変わらず売れず、ベンチはきしみ、自販機は曇ったままだ。

そして次の日も、また同じように午後三時が来る。特別なことは起きないし、何かが解決するわけでもない。ただ、どうでもよさそうな物事が、どうでもよく並んでいる。その頼りなさが、案外悪くないと思う瞬間が、ときどきある。そんな時、あの黄ばんだ消しゴムには、少しだけ重要そうな気配が宿る。もちろん、たぶん気のせいだけれど。